月刊ヌートリア通信[nutria news]2009.12.25
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2009年12月
月 刊 ヌ ー ト リ ア 通 信
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ぬーちゃん(ぐぬー先生)のなんてったってアイドル
その16 こたつでみる『のだめ』はおもろい
大垣も、京都も、ほんかくてきな冬になってまいりました。いよいよ今年もおしつまってまいりましたけど、みなさん、きげんよう生きてはりますか。
〈ぬー〉の代筆2かいめ、こん月も〈ぐぬー〉で、かんにんしたってや。この前は、あきはばらのアイドルの話させてもらいましたけど、冬場は寒うて、あんまし外に出たない、東京行くなんておっくうや。こんな時こそアイドルは、おこたに入ってみるのんがええ。おみかんたべながら、昔の映画やら、歌謡ショーやら、今はやりのドラマやら、夜更かししてだらだら見てんのが、いっちゃん、ぐあいよろしおますわ。ありがたいこっちゃ。この楽しみがなくなったら、にほんちゅうおくにも、おわりやわねぇ。
こないだ観たテレビドラマゆうたら、『小公女セイラ』の最終回。これあほらしい話やけど、バーネットの原作からどんどん離れていく心地よさと、主役の志田未来ちゅうおなごの、うっとしいような可愛さが、まぁポイントゆうたらポイントや。インドで悪儲けして、岐阜県ぐらい現金で買えるぐらいの超セレブのお嬢、おとんが事故で死によって、一文無しになって苦労するんやけど、どんな時でもプリンセスの心でいましょ、ゆうて頑張ったはったら、また遺産が入って金持ちに戻ってめでたしめでたし。昔の『おしん』に、顔もちょっと似とるとこもあるけど、よう考えてみたら、なんじゃいな、結局は金かいな、ゆうような話ですわ。
ただこれ、深層においては〈天皇制〉の話かもしれへんね。天皇へいかも、ことしで金婚式、まあ、ようおきばりやして、こぐろさんでした。戦後、神さんから人間にならはったゆうけど、それは言葉の上だけで、やっぱり神さんや。神さんにせよプリンセスにせよ、そうゆうもんが、ふつうの世間うろうろしとったら、もう、うっとしいてかなわん。そやから、どうにかして、もういっかい、天国に戻ってもらわんと、この世界は安定せえへんでぇ、ゆうのんが和製『小公女』のコンセプトや。かぐや姫みたいなもんや。ちなみに、ぬー界の宇宙論には、俗界=此岸は都会、天上=彼岸は田舎と特徴づけられるんやけど、志田未来が小公女セイラのはまり役やったんは、この娘、「都会の中の田舎」みたいな資質をもっとるからやろね。
それに対して、再放送やけどかなりおもろかった『のだめカンタービレ』。この主役の上田樹里ちゅうおなごは、まことにけだもん的な、ええ才能を発揮しとる。これは、天上から来よった異人を天上に返すゆうような話とは違いまっせ。はんたいに、クラシック音楽ちゅう、まあゆうたらそれ自体天上的な世界の中心で、地上の愛を叫ぶゆうようなお話です。地上的なものの中にこそ、聖なる力が宿るゆうことで、こっちは『小公女』が〈君主制〉を志向するのとは反対に、おぼろげにやけど、〈共和制〉を志向しとる。主役の上田は、志田とは反対に、「田舎の中の都会」ゆうようなもんを体現したはりますわ。
ご維新いらい150年間、この日本てゆうおくには、「都会の中の田舎」と「田舎の中の都会」のせめぎあいのなかで、右往左往してきはった。近代天皇制も、戦後の自民党政権も、いまの民主党政権も、けっきょくは田舎もんが都会の真ん中でがんばっとる、そのうっとしい可愛さの力でもってますんや。つまりは、すべてが『小公女』、誰もが志田未来やったゆうことや。そやけどほんまの未来は、たぶん『小公女』やのうて、もう片っぽの方の物語に、あるのんとちがいますんやろか。
なんやかんやゆうてたら、もう12月やね。寒なってきましたけど、みなさん、きげんよう、したはりますか。〈ぬー〉のやつは、ちょうどええおしめりの穴のなかで、仮死じょうたいでようねとる。春にはげんきに起きてきよるやろ。ファンのお方らのために、ゆうといたげましょ。
月刊ヌートリア通信[nutria news]2009.11.27
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2009年11月
月 刊 ヌ ー ト リ ア 通 信
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ぬーちゃん(ぐぬー先生)のなんてったってアイドル
その15 「動物化するポストアイドル」
みなさん、〈ぬー〉がいっつもお世話になっとります。今年は早々と冬眠に入りよったさかい、しばらくの間この代理の〈ぐぬー〉で、なにとぞよろしゅうたのんますわ。わしゃ年寄りやさかい、もうあんまし眠んでもようなっとる。ありがたいこっちゃ。代理ゆうても、〈ぬー〉みたいにおもろいことはよう言われへんけど、まぁがまんしたってや。もうなぁ、この年では世の中についていかれへんのや。しゃあない。そやけど、としよりは大事にしなあかんで。
さてこの連載は「アイドル」がテーマやとか。今まで〈ぬー〉が書きよったもん読んでたら、アイドルちゅうても、なんや70ねんだい、80ねんだいのなつかしいお方らが多い。あいつの趣味やろかね。わしか? わしゃ、なんちゅうてもAKB48ですがな。むかしのアイドルといまのアイドル、何が違うゆうて、まぁひとことでゆうたら、今は数が多いちゅうこっちゃ。むかしはだいたいがひとり、〈ぴんくれでー〉ちゅうのんがふたり、〈きゃんでーず〉が3にん、〈チャンバラトリオ〉が3人から4人にふえて、〈ふいんがーふぁいぶ〉が5にん、それくらいがせいぜいやった。え? なんかけったいなもんが混ざってるて? こまかいこと気にしなはんな。
とにかくそれがや、1985ねんの何とかニャンニャンちゅうフジテレビのばんぐみで、急に数がふえよった。ニャンニャンちゅうぐらいやから、ネコ化しよったわけやね。そらネコはにんげんより、いっぺんにようけ仔ぉ産むし、ふえよるのんも早い。この〈おニャン子〉たらゆう女子高生のクラブ活動は、ぬー界でも大人気やった。なんせアイドルがケダモン化してきよったわけやからね、親近感がわきますわ。この現象は、ぬー界では「アイドルからポストアイドルへ」「動物化するボストアイドル」ゆうて、さかんに議論されとった。
それから20年、アイドルの動物化はネコからネズミの段階まで逆進化して、数もますます増えてきよった。かいらしい若いおなごが48にんも踊っとったら、頭くらくらしてほんまええ具合やし、〈あきはばら〉ちゅうとこに行ったらいつでも会えるて、ますます身近な存在になってきました。ほんでわしの予想では、ネズミまできたら次の段階では、アイドルはほにゅう類から両生類へとブレークスルーしよんのはまちがいない。ワクワクしますなぁ。カエルになりよるんやろか、サンショウウオみたいになりよるんやろか・・・それ考えたてらほんま、長生きせにゃならんと思いますわ。
この9日間は、なんや知らんけど「仕分け」たらゆうお祭りで、日本中が盛り上がってたみたいですな。政治なんてどうせ変わらんと長いこと思てた多くの日本人が、とにかく注目したゆうのんは、たしかにこれは意味あります。
今日はさいばんで「けだもんの命」ゆうことが話題になったさかい、べつにケダモン代表ゆうわけやないけど、ひとこと言わせてもらいまっさ。
にんげんの好きな余興にスプーン曲げゆうもんがあって、何年かおきに流行ってるみたいやな。むかし、由利トオルやったか、ゲラーいいよったか、ゆうめいながいじんのペテン師もおった。わいらからみると、にんげんが、これにひかれる理由はめいはくや。わいらけだもんは、フォーク、スプーンやら、ハシやらゆうような、しんき臭いもんは使わん。にんげんも、もちろん昔は使わなんだ。いまは、使わへんかったら文明人やないさかい、みんな毎日使ぉてよるけど、もの喰うゆうのんは、もともとケダモン的なおこないやから、人間は心のそこでは、スプーンみたいなもん、きらいなんや。憎んどる。赤んぼがスプーン嫌がんのとおんなじや。そやから曲げよる。
みなさま、わいのしんせきの「ぬー」が、いつもせわになっとる。あのがき、今年はなまいきに、とうみんに入りよった。まあ、きょねんは寒いなか、きばって起きとったさかい、むりもないわな。それやったら、このブログたらちゅうもんも、もう冬休みゆうことにしといたらどないや、ゆうてやったんやけど、なんせ毎日、なんじゅう人ものお方が、見にきてくれたはるさかい、そんな義理のわるいことはでけんて、しゅしょうなこと言いよる。すまんけど、ちょっとのあいだ、うちのかわりに、みなさんのお相手しててくれへんか、て言われてなぁ、かわいい親戚のことや、ことわるに断れへん思うて、ひきうけました。「ぬー」ふぁんのお方には、まことに申し訳おまへんけど、来年春まで、わいみたいなつまらんおじぃやけど、がまんしといてくれるか。よしおかせんせにも手伝おてもろて、なんとかお勤めさせて、もらいまっさかい、いたらんところは、かんにんやで。
10がつ30にち、ふらんすの人類学者で、レヴィ=ストロースゆうおじぃが、きょうねん100さいで大往生しはりました。にんげんのがく者で、ぬー界をはじめ、けだもん世界でもひょうばんが高かったお人や。お若い学生さんら、「自由な知性」とゆうもんが何をいみするか知りたかったら、このお方の『悲しき熱帯』ゆうご本を読まはったらよろし。にんげんがこの数世紀、「近代化」ちゅうめいもくで世界をむちゃくちゃにしてきたこと、それだけやのおて、そのむちゃくちゃになった状況を世界の「デフォルト」やと勘違いしとること、それがそもそも間違いのもとやでて、訴えてきゃはったひとや。ぶんめい人は「土じん」ばかにするけど、「土じん」の文化のほうが、よっぽどクールで洗練されとって、それに比べて近代文明ちゅうもんは、威勢はよろしいけど、まだ出来たての野蛮なもんやゆうことを、見抜いたはった。けだもん世界では、まぁこんなこと常識やけど、にんげんでありながら、これだけの洞察もってるお方は、めったにいてまへん。そないにえらいお方やのに、日本では訃報があんまり話題になれへんのは、なんでやろかね。「くん章」やら「のーべる賞」たらゆうもんを、もろたはらへんさかいやろか。日本の新聞には「レビストロース」て出たある。あほか。そんな、焼き肉屋のメニューみたいな名前のひと、いてへん、いてへん。
にんげんのおかたらは、なんかゆうたら、ほうびを、もろたりあげたりすんのんが、ほんま、お好きやねぇ。
秋もだんだん、ふかまってまいりましたけど、みなさん、きげんよう、くらしたはりますか? インフルエンザはもちろんですけど、かぜも流行ってるみたいやさかい、きぃつけとくなはれや。